文:藤井真也(編集者)
「読売日本交響楽団」
2025/3/20[木・祝]横浜みなとみらいホール
©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
指揮=鈴木優人(指揮者)
チェロ=ジョヴァンニ・ソッリマ、遠藤真理(読響ソロ・チェロ)
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ジョヴァンニ・ソッリマ、今回の来日公演は3月20日横浜みなとみらいホール、25、26日東京オペラシティコンサートホールから。ソッリマのチェロと鈴木優人指揮、読売日本交響楽団との共演で、ソッリマ作曲『多様なる大地』『チェロよ、歌え!』が演奏された。
日本初演となった『多様なる大地』は、2015年のミラノ万博のために作られた独奏チェロと管弦楽のための一種のチェロ協奏曲。
様々な大地、国々を旅するかのように、イタリアはもちろん、ギリシャ、東欧、アラブなど様々な国の音楽を思わせる変化に富んだソッリマならではの旋律が次々に登場。民族音楽的な速い舞曲の中間部からは、変拍子の連続に緊張感がみなぎる管弦楽と、身体の動き、表情、足踏み、声まで駆使して全身で自由に音楽を表現するソッリマのソロが、火花を散らすような激しい対話を展開していく。
曲が終わる直前、管弦楽の最強奏のクライマックスで、なぜかソッリマは突然舞台袖へ退場してしまう! 演奏が続く中、程なく舞台へ戻ってきたソッリマだが、持っていたのはチェロではなく謎の楽器。実はこれ、来日後すぐに東京で購入した板と缶を貼り合わせて弦を張り、電池式の拡声器を取り付けた楽器「バーニー」。名称の由来は愛犬(大きなセントバーナード)の名前から。「最後に愛犬の泣き声のような音を加えたかった」そうだが、思いついたら自分で楽器を作ってまで演奏してしまう、まるで少年のようなところも、いかにもソッリマらしい行動なのだ。
続いて演奏されたのは、読響ソロ・チェロ奏者、遠藤真理とのデュオで、ソッリマの代表曲である『チェロよ、歌え!』。チェリスト2人が息を合わせて対話のように紡いでいく伸びやかなメロディ。pppp
(編注1)で音が消えていく最後の瞬間まで、美しい時間だった。
アンコールには、ソッリマが一晩でチェロ2台用に編曲した、坂本龍一作曲の映画『ラストエンペラー』テーマ。原曲を活かした見事な編曲、また聴きたくなる演奏だ!
編注1
pppp:ピアニシシシモ(ピアニッシモよりもとてもとても弱く)
「無伴奏チェロ・コンサート」
2025/3/26[水]紀尾井ホール
Photograph by Ishida Masataka
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続いての公演は、ソッリマ単独による3月25日浜離宮朝日ホール、3月26日紀尾井ホールでの無伴奏チェロ・コンサート。
新作アルバムに収録されたバッハの無伴奏チェロ組曲から、25日は第1番と第3番。26日は第4番と第5番を取り上げ、そこに自作曲、バロック音楽、民族音楽、ロックとジャンルを超えた音楽を同列に選曲。あらゆる音楽に好奇心がある、というソッリマにしか実現できない構成のプログラム。
それが光ったのは無伴奏第I番。6曲を切れ目なく続けて演奏し、最終曲ジーグが終わった途端、次曲のスティーブ・ハケット『ホライズンズ』に間髪を容れず突入したのだ。
この曲はジェネシスのアルバム『フォックストロット』収録のギター曲。ソッリマが第1番のプレリュードをレコーディング中、スタッフがこの曲の冒頭がよく似ていることを指摘。ソッリマ編曲で無伴奏のアルバムにも収録されたが、コンサートで実際にバッハと続けて演奏するソッリマの感性が素晴らしい。
今回演奏された無伴奏チェロ組曲は、どれも原典の楽譜を徹底的に研究した端正な音楽でありつつ、勢いある曲は流れるように自然に進めていき、歌う曲はたっぷりと歌い、まるで音がダンスしているような曲もある。ソッリマが言う「バッハの持つ人間味」を随所に感じさせる魅力的な解釈になっていた。
その一方で、自作曲や民族音楽に基づく曲では、あらゆるチェロの演奏技法が駆使され、立ち上がり、舞台を歩きながら弾き、全身を揺らし、声を上げ、チェロでの表現に限界はないと思わせる独自の世界が追求されていく。
最後はエンドピンまで弾いてしまう自作曲『ファンダンゴ(ボッケリーニへのオマージュ)』。聴衆との手拍子で会場が一つになって盛り上がったジミ・ヘンドリックス『エンジェル』。小石を入れた紙コップを貼り付けた弓をカラカラ鳴らしながら演奏したサレント州の踊れる聖歌『聖パウロのピッツィカ』。モンゴルのホーミーのように声を共鳴させて歌いながらチェロを弾く『ラメンタチオ』。ソッリマの世界にどんどん引き込まれていく。
そしてアンコールは、坂本龍一『ラストエンペラー』テーマと、小枝で弦を叩いて弾く『テッラ・アクア』。最後はその小枝を空中高くポーン、と放り投げてコンサート終了。
ソッリマの自由な音楽をたっぷりと味わい、それを生み出すソッリマの魂の大きさと深さに圧倒される、記憶と心に残る2日間だった。
「100チェロ・コンサート」
2025/3/31[日]フェニーチェ堺
出演:ジョヴァンニ・ソッリマ / エンリコ・メロッツィ/ Riccardo Giovine / Andrea Cavuoto / Francesco Angelico / Christian Barraco / Giovanni Crispino ほか 国内外150名以上のチェリスト
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日本公演のラストは大阪。30日、フェニーチェ堺での『100チェロ』コンサート。
ソッリマと盟友エンリコ・メロッツィが立ち上げた『100チェロ』プロジェクト。国籍、年齢、キャリアは一切問わず、チェロを弾き、チェロを愛する人なら誰でも参加可能だ。
今回は、前回の129名を上回る155名が参加。最年長74歳、最年少7歳。海外からの参加者も。ここにソッリマたちが加わって、3日間、寝食を共にリハ―サルに取り組んできた。そしてこの日、フェニーチェ堺の舞台はチェリストたちで隙間なく埋め尽くされた。その眺めは壮観だ。
舞台上の全員が、一つの音をpp
(編注2)で細かく刻んでいく。何が始まるのかと観客の期待が高まった瞬間、「Buongiorno!!」とソッリマとメロッツイが客席からテンション高く登場。観客とハイタッチ、空席に座ったり、遅れてきた人をいじったり、手拍子や叫び声を要求してホールの空気をどんどん盛り上げていく。
2人が舞台に上がり、メロッツィの指揮で始まったのはソッリマの『テッラ・アリア』。波音のようなミニマルなフレーズの反復に、ソッリマが優しく美しい旋律を重ねていく。
続いてはバッハの『無伴奏チェロ組曲第1番プレリュード』。160人近いチェリストが全員でこの曲を弾く音圧の凄さ! 大河のうねりのような音がホールを満たしていった。
ピチカートで弾くメロディに乗って、ソッリマとメロッツィが舞台に寝転がって、チェロをギターのようにかき鳴らして聞かせてくれたのは、テヴィッド・ボウイの『世界を売った男』。ソッリマたち、本当に自由だ。
パーセル、ブラームスの美しい曲を挟んで始まったのは、ピンク・フロイドの『アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール』。
低音のチェロが強烈なビートを刻んでベースラインを前進させていく中、ソッリマのチェロがまるでエレキギターの泣きのフレーズのようなソロを自由自在に弾きまくる。サビに入ると100チェロメンバー全員が演奏しながら歌う、歌う! 舞台後方のスクリーンにも歌詞が投影され、観客も一緒になって歌う、歌う、叫ぶ! ロックコンサートにも負けない、熱い盛り上がりで、第1部は終了した。
第2部の幕開けはソッリマの代表曲『チェロよ、歌え!』。東京ではオーケストラ版だったが、100チェロ版は全パートがチェロで演奏されるので、音色もそろって、この曲の美しさが一層際立ってくるようだ。
メロッツィの美しい高音で歌われた、イタリア伝承曲『Vola Vola Vola』、全員が立ち上がって弾き、最後はソッリマがジャンプしてキメたニルヴァーナ『スメルズ・ライク・ティーン・スピリット』、ワーグナーの知られざる小品『テンポ・ディ・ポラッツイ』に続いて演奏されたのが『Due Navi』。古代ギリシャで戦争を防いだ人々の物語に題材を取った、ソッリマ作のドラマチックな曲。世界が平和でありますように、というソッリマからの切なるメッセージが、心に深く響いてくる。
ソッリマが自分のチェロを弾きながら他のチェロも同時に弾くなどの超絶技巧を見せたメロッツィ『サウンド・オブ・ザ・フォーリング・ウォールズ』が終わると、最後の一曲、アフリカの讃美歌『神よ、アフリカに祝福を』。
アフリカの広大な大地を感じさせる荘厳なメロディが奏でられる中、ソッリマのソロがソウルフルな歌さながらに自由に駆け回る。さらにメンバー全員の合唱も加わり、観客も歌で参加。客席は聴衆のスマホのライトで星が輝いているかのよう。舞台上も客席も、すべての人の心が一つになった余韻を残しつつ、コンサート本編は静かに終わった。
アンコールは、レナード・コーエン『ハレルヤ』。ハレルヤ、のシンプルで美しいフレーズが何度も繰り返されていき、再び舞台と客席が一体となって大合唱に!
この日、この場所に集い、心に響く素晴らしい音楽を作り上げたソッリマたちと155名の参加者全員に心からの拍手と感謝を。一期一会、唯一無二。これこそがまさに『100チェロ』なのだ!
編注2
pp:ピアニッシモ(とても弱く)
→「読売日本交響楽団」2025/3/20[木・祝]横浜みなとみらいホール
→「無伴奏チェロ・コンサート」2025/3/26[水]紀尾井ホール
→「100チェロ・コンサート」2025/3/31[日]フェニーチェ堺