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マレード・ニ・ウィニー(ヴォーカル、フィドル)
アルタンの成功のかなりの部分がマレードのフィドルとうたにあることは間違いない。もちろん故フランキー・ケネディのアイルランド人には珍しい規律正しさも大きいが、そのフランキーに伝統音楽を教えたのもマレードである。女性フィドラーの道を切開いた点。ドニゴールの豊かなフィドル・ミュージックとゲーリック・ソングの魅力を世に知らしめた点。ある意味「アルタン以前・以後」という言い方すら可能だ。
出身はドニゴール州グイドーアで、ここはゲール語が生活言語であるゲールタハト。マレードも最初の言語はゲール語で、英語は後から習った。父フランシーが地元でも崇敬を集める優れたフィドラーであり、豊富で特異なレパートリーは母ローズから受継いでいる。クラナドのモイア・ブレナンとはご近所で、ミホール、トゥリーナ、マイレートの兄妹とも音楽の基盤は共通だ。今や、アイルランド伝統音楽の顔と言ってもいいだろう。
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キーラン・トゥーリッシュ(フィドル)
ライヴではMCも担当し、演奏全体の仕切りもしているキーランは1992年の『ハーヴェスト・ストーム』からバンドに参加している。出身はドニゴール東部のバンクラナ。マレードのフィドルの師匠ディニィ・マクラクリンの住んでいたところで、キーランもディニィの薫陶を受けた。初めての楽器はホィッスルだった。
アイルランド音楽の基本はユニゾンだが、同じドニゴール・バンドでユニゾンの可能性を極めたボシー・バンドとアルタンが一線を画すのは、キーランのフィドルが生みだす「ずれ」である。「対位法」というような系統的なものよりは、むしろ本能的・反射的だ。彼の参加でアルタンの音楽の備えるダイナミズムは飛躍的に大きくなった。当然、セッション・マンとしても引張りだこだ。
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ダーモット・バーン(アコーディオン)
寡黙で、はにかんだ笑みを絶やさぬダーモットもドニゴールのゲールタハト(ティロン)出身で、父親から伝統を受継いだ。シャロン・シャノンと並んで、アイルランドを代表するアコーディオン奏者。かれがその存在をはっきり印象づけたのはアルタンの『レッド・クロゥ』(1990)に参加した時である。『アイランド・エンジェル』(1993)にも参加した後、故フランキーと入代わるように1994年に正式にバンドに加わった。1996年にはソロ・アルバムも発表している。アルタン以外での録音も多い。
ダーモットが幼い頃から親しんだのはドニゴールのフィドル伝統の巨人たちの音楽だから、マレード、キーラン・トゥーリッシュとアルタンのフロントを組むのは、かれにとってはむしろ自然なことだろう。ダンス・チューンの演奏はいうまでもないが、笛類のいないアルタンにあって、ダーモットのスロー・エアはまた格別の味わいがある。
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キーラン・クラン(ブズーキ)
マレード&フランキーとは二人の最初のアルバム(1983)以来のつきあい。ダヒを除けば最年長で、音楽の上ではバンドの碇と言っていい。キーランのブズーキはドーナル・ラニーとは違って、デ・ダナンのアレック・フィンのスタイルに近い。カッティングでリズムを刻むのではなく、いわば裏メロをとる形で、ベースとリズム・ギターの中間的だ。アタックが強く、他よりもリズムが強調される傾向があるドニゴールのフィドルには、見事にはまっている。
ドニゴールの南隣ファーマナ州のほぼ真ん中キノーリィ出身。アルタンというバンド名はキーランの伯父さんの命名である。伝統音楽に入ったのは友人のキャサル・マッコネル(ボーイズ・オヴ・ザ・ロックのフルーティストでシンガー)の導きによる。リートリムのフィドラー、ベン・レノンとのダンス伴奏で腕を磨いた。最近もベンを始めとする仲間とのアルバムに参加している。
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ダヒー・スプロール(ギター)
ドニゴールの東隣デリー州デリー出身で、他のメンバーからは一つ上の世代になる。ドーナル・ラニーやミホール・オ・ドーナルと一緒だ。初めての録音はミホール、トゥリーナ、マイレートとのグループ、スカラ・ブレエのアルバム(1971)。以来、アイルランド伝統音楽のギタリストとして、幅広いミュージシャンから満幅の信頼をおかれ、無数の録音がある。長らくミネアポリスに住んでいたが、1998年にアイルランドに帰った。アルタンには『アイランド・エンジェル』で参加。
きっちりとリズムを刻むスタイルはミホールとも共通するところで、ジョン・ドイルにも繋がる、伝統音楽ギター伴奏の王道と言っていいだろう。一方、歌伴でも定評があり、マレードには彼の伴奏でしか歌わない曲もある。またユーモアたっぷりのMCと、なんとも暖かい自身のヴォーカルも聞き物だ。
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マーク・ケリー(ギター)
マレード&フランキーの最初のアルバム以来、アルタンのリズム・セクションを支えている。最初の来日時(1997)には彼が来ている。
ダブリン出身でバンドの中では唯一、伝統音楽にはずっと後、70年代半ばになって接した。母親がジャズ・シンガーで、ジャズやR&Bから音楽の道に入ったが、かれの奔放かつ独創的なギター伴奏はそのおかげでもある。初期アルタンの音楽のモダンな響きはかれのギターに負うところが大きい。
*アイルランド国内のツアーはマーク・ケリー、海外がダヒー・スプロールという担当らしい。
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